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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)771号 判決 1953年1月30日

主文

原判決中第一審被告坂上セイに対する第一審原告の請求を棄却した部分を取消す。

第一審被告坂上セイは別紙目録第一記載の宅地二筆につき同被告のため昭和十八年十二月三十日の贈与を原因として龍ケ崎区裁判所江戸崎出張所昭和十九年十月四日受附第一二三三号を以てなされた所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし。

原判決中第一審被告坂上善平に関する部分を左記第四、五項記載のとおり変更する。

第一審被告坂上善平は第一審原告に対し別紙目録第一及び第三記載の各不動産につき昭和十九年八月二十二日附売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべし。

第一審被告坂上善平に対する第一審原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中本件当事者間に生じた分は両事件を通じ第一、二審共これを二分しその一を第一審原告の負担としその余を第一審被告坂上善平同坂上セイの負担とする。

事実

第一審原告山田トヨ(当庁昭和二十五年(ネ)第七七二号控訴人、同年(ネ)第七七一号被控訴人以下同じ)訴訟代理人は当庁昭和二十五年(ネ)第七七二号控訴事件につき主文第一、二項記載と同旨の判決並びに第一審原告と第一審被告坂上セイとの間に生じた訴訟費用は第一、二審共第一審被告坂上セイの負担とする旨の判決を、また当庁昭和二十五年(ネ)第七七一号控訴事件につ控訴棄却の判決を求め、第一審被告坂上セイ訴訟代理人は当庁昭和二十五年(ネ)第七七二号控訴事件につき控訴棄却の判決を、また第一審被告坂上善平訴訟代理人は当庁昭和二十五年(ネ)第七七一号控訴事件につき「原判決中第一審被告坂上善平に関する部分を取消す。第一審原告の第一審被告坂上善平に対する請求を棄却する。第一審原告と第一審被告坂上善平との間に生じた訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

事者者双方の事実上の陳述は第一審原告訴訟代理人において「第一審被告坂上善平に対する第一審原告の本訴請求は、右当事者間に成立した昭和十九年八月二十二日附の和解契約を原因とし、また従前主張の如く第一審被告坂上セイのため別紙目録第一記載の各宅地につき贈与に因る所有権取得登記存するも、右贈与は真正に成立したものでなく、第一審被告坂上善平が第一審原告から前記契約に基く履行の請求を受けるや、これを妨げるためその妻たる第一審被告坂上セイと通謀して、急遽かかる贈与契約を仮装してその登記をなしたに過ぎないから、通謀虚偽表示として無効であり、右善平はセイに対しその登記の抹消を請求し得べく、第一審原告は善平に対する削記和解契約に基くこれら宅地の所有権移転登記請求権を保全するため、同人に代位して第一審被告セイに対しこれが登記の抹消を請求するものである。」と釈明した外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

別紙目録第一ないし第三記載の不動産及び外十七筆の田、山林、宅地が、元第一審原告(以下単に原告と称す)の所有であつたところ、これらの不動産につき龍ケ崎区裁判所江戸崎出張所昭和十五年八月二日受附第一八六四号を以て、同年七月二十三日附売買を原因として第一審被告(以下単に被告と称す)善平のため、所有権取得登記がなされたこと、ところがその後右不動産の所有権移転登記原因の有無、ひいてその所有権の帰属に関し右当事者間に紛争を生じ、原告は被告善平を被告訴人として告訴した結果、昭和十九年八月二十二日原告本人及びその代理人弁護士小松崎広嗣と被告善平及びその代理人弁護士田中道之助の四名立会の上、両者間に原告は金四千円を同年九月三十日までに同被告に支払い、同被告はそれと引換に前記係争不動産中別紙目録第一ないし第三記載の不動産につき、現に負担する抵当権等の担保権の登記の抹消手続を了した上、原告に対し売買を原因とする所有権移転登記手続をする旨の和解契約の成立したことは当事者間に争がない。

次に原告代理人小松崎広嗣が昭和十九年九月十三日、前示和解契約に基く金四千円を前記田中道之助に対し、同人の事務所において現実に提供したけれども拒絶せられた事実は、被告等の認めるところであつて、ただ右田中道之助において右金員を受領するにつき、被告善平を代理すべき権限がなかつた旨抗争するから、この点につき審按する。

前段説示の如く昭和十九年八月二十二日成立した和解契約(以下本件契約と称す)には、前記田中道之助は弁護士として被告から該契約締結の代理権限を授与せられ、同被告と共にその代理人として立会い、原告及びその代理人たる弁護士小松崎広嗣との間に締結せられたこと、並びに右和解契約締結の日からその契約条項に定める履行期との間に、僅かに一ケ月余の期間存するのみであることが明らかである以上、特にその代理権の範囲につき制限を加えた事跡の徴すべきものなき限り、右契約締結に関してのみならず右契約の履行についてもその代理権があつたものと推認するを相当とすべく、しかも成立に争のない甲第五号証(本件示談契約書)によるも、また被告等の提出援用にかかる全証拠に俟つも、到底右契約に基く金員の受領について前記田中に代理権限なく、直接被告善平に対してこれが支払をなすことを要する約旨であつたことを、認めるに足る証拠はないのであるから、前記田中道之助に対してなした金四千円の履行の提供は、被告善平に対し適法且つ有効であると断ぜざるを得ない。

してみると、右昭和十九年九月三十日の履行期日における原告の履行遅滞を前提とする、被告等主張の同年十月一日附の契約解除は、既にこの点において失当であるのみならず、仮りに前記九月三十日になされた原告の履行の提供か不適法であつたとしても、本件契約が契約の性質上或は被告等主張の約旨の如く、右期限内に履行のないときは当然効力を失う趣旨であつたこと、または相当の期間を定めて履行の催告をなすことなく直ちに一方の不履行を原因として契約を解除し得る特約の存したこと等については、これを認むべき何等の証左はないのであるから、かかる催告をしないでなされた前記契約解除(この解除の意思表示がその頃原告に到達したことは当事者間に争がない)は、その効力を生ずるに由なきものである。

そうして原審及び当審における山田勝平の証言によれば、昭和十九年十月三日前記小松崎広嗣と原告の養子山田勝平の両名が、原告の代理人として茨城県稲敷郡大須賀村町田の被告善平の住所において同被告に対し、念のため更に金四千円を現実に提供したが、その受領を拒絶せられたことが認められ(原審及び当審における被告善平、同セイの供述中右認定に反する部分は措信できない)、原告が同月五日右金四千円を水戸供託局土浦出張所に供託し直ちにその旨を被告善平に通知したことは、当事者間に争がないから前叙説示に照らし右供託は適法であること勿論であつて、被告善平としては本件和解契約の有効である限り、原告に対し右契約に基く前示反対給付履行の責に任すべき筋合である。

ところが本件契約締結当時施行せられていた臨時農地管理令(昭和十六年二月一日勅令第一一四号、改正昭和十八年十一月一日勅令第八二三号、同十九年三月二十五日勅令第一五一号、なお同令は昭和二十年十二月二十八日法律第六四号農地調整法の第一次改正と共に廃止せられたが、後記同令第七条の二に対応すべき規定が右改正法第五条に設けられた)第七条の二によれば農地の所有権等の譲渡契約を締結せんとする当事者はその契約の締結につき農商務大臣の定めるところにより地方長官の許可を受くべき旨を規定し、右規定の解釈上右地方長官の許可はその譲渡契約の有効要件と解すべきところ、別紙目録第二記載の不動産は当時耕作の目的に供せられていた土地即ち農地であつたこと、しかも右農地の所有権移転に関し地方長官の許可を得なかつたことは原告の主張自体によつて明らかであるから、本件契約もこの部分に関する限り無効であると断ずるの外なく、従つて原告の被告善平に対する本訴請求中、前記契約を原因として別紙目録第二記載の農地につきこれが所有権移転登記手続を求める部分は失当たるを免れないと同時に、本件契約において被告善平が原告に対し、本件不動産につき存する抵当権等の担保権の登記の抹消手続をなすことを約した所以も、当該不動産の所有権を原告に移転する義務あることを前提とすること前記説示に徴して明らかであるから、前示目録第二記載の農地につき訴外株式会社茨城農工銀行のため設定された抵当権の登記の抹消登記手続をする債務あることの確認を求める部分も失当であつて、また確認の利益もないと謂わねばならない。

尤も原告は別紙目録第二記載の農地に関する所有権移転登記手続を求める請求部分につき、予備的に知事の許可を条件として所有権移転登記手続をなすべき債務あることの確認等の請求をしているが、前顕甲第五号証その他の証拠によるも本件契約において当事者の意思表示の内容として前記農地の譲渡につき地方長官の許可を得ることを停止条件としたことについては明示的にも、はた又、默示的にもこれを推認させる事跡の徴すべきものが全然ないのであるから、かかる債務の確認等を求める右予備的請求もまたこれを認容することはできない。

そうして本件契約は、前示農地である別紙目録第二記載の不動産とその余の第一及び第三記載の不動産に関し一括してなされたものであるけれども、もとより目的物件を異にし利用目的からいつても両者は不可分の関係でないこと弁論の全趣旨によつて眼らかであり、他に前記農地に関する部分の無効は、契約全部の無効を招来すべき特段の事情も認められない本件にあつては、被告善平は原告に対し前示契約に基き右農地を除いた別紙目録第一及び第三記載の宅地及び建物につき所有権移転登記手続をなす義務あるものと謂わねばならない。尤も後記説示の如く別紙目録第一記載の宅地二筆については被告善平から更に被告セイに贈与に因る所有権移転登記がなされ、現在被告善平の所有名義になつていないけれども、原告は本訴において同時に被告セイに対し、右善平に代位して右移転登記の抹消を求め、しかもその請求が認容せられて右所有権の登記名義が善平に復帰し得る関係にある以上、被告善平の原告に対して負う前示宅地二筆に関する所有権移転登記手続をなすべき債務はもとより履行可能の状態にあり、原告としては被告セイに対し右贈与に因る所有権移転登記の抹消を求めると同時に、被告善平に対しこれが所有権移転登記手続を請求し得べきは当然である。

次に原告の被告セイに対する請求につき審按する。

別紙目録第一記載の宅地二筆につき被告善平から、被告セイに対し原告主張のような贈与に因る所有権移転登記がなされていることは当事者に争のないところである。そこで右贈与並びに登記が、原告主張の如く被告善平と同セイとの間に通謀してなされた虚偽の意思表示に基くものであるかどうかを考えてみるに、右登記によれば登記原因たる贈与契約成立の日附が昭和十八年十二月三十日となつているに拘らず、その後昭和十九年八月二十二日成立した本件契約において被告善平が右宅地二筆についても原告に対しその所有権移転登記をなすことを約した事実、右贈与に因る所有権移転登記の日附が昭和十九年十月四日であつて、恰かも前示原告の代理人等が被告善平に対し本件契約に基く金四千円を現実に提供してその反対給付の履行を求めた同月三日とその間一両日を出でないこと、その他当事者に争のない善平とセイとは同居の夫婦であることなど、諸般の情況証拠と、前顕証人山田勝平の原審及び当審における証言並びに被告善平、同セイの原審及び当審における各本人の供述の一部とを総合するときは、被告善平は原告と本件契約を締結したものの、その後に至りこれが契約の履行を欲せず、前示の如く原告から履行の提供を受けるやこれを拒絶すると共に、反対給付たる本件不動産の所有権移転登記の請求を免れるため、その一部である前記宅地二筆につき妻であるセイの名義にするに如かずと考え、同人と通謀して日附を昭和十八年十二月三十日に遡らせて恰かも同日附で両者の間に真実贈与契約が成立していたかの如く仮装し、その旨の所有権移転登記したものであることを推認するに難くない。前顕被告両名の各本人尋問の結果中、右認定に反する部分は到底措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみると右贈与は、当事者間相通じてなされた虚偽の意思表示として無効と解すべく、被告善平は同セイに対しこれが所有権移転登記の抹消登記手続を求め得る筋合であつて、被告善平に対する前示所有権移転登記手続の請求債権を保全するため、同被告に代位して被告セイに対し右贈与による所有権移転登記の抹消を求める原告の本訴請求は、正当としてこれを認容すべきである。

よつて原判決中、被告坂上セイに対する原告の請求を棄却した部分は不当であらから、民事訴訟法第三百八十六条に則りこれを取消し、同被告に対する原告の本訴請求を認容し、被告善平に対する原告の本訴請求は主文第四項記載の限度においてこれを認容すべきも、その余は失当として棄却すべきであるから、結局同被告に対する原告の本訴請求全部を認容した原判決は主文第四、第五項記載の如く変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条第九十六条を適用して、主文のとおり判決する。(昭和二八年一月三十日東京高等裁判所第五民事部)

(別紙目録は省略する。)

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